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Special

 
 
 
――Blazing Soul Prequel――
「Noblesse oblige」


アルダリア王国首都、王都ヴェルスタッドは広大な湖畔を囲む丘陵地帯の上に存在し、その城下はなだらかな起伏に沿うように形成されている。諸国からは湖の都として知られ、王城から見下ろせる景観は、古今東西どこを探しても見い出せぬほどに美麗かつ壮観なものだった。

城下町を上り、一際高い丘の上に登れば、そこにはすぐにアルダリア全土の君主たる国王が住まう城が屹立している。王国を象徴とする青き色調がふんだんに意匠へと盛り込まれた宮殿の威容は、地平線の向こうからでも視野に入れることが出来た。これは初代アルダリア国王が領民に対し、如何なる時、どこからでも自国の象徴たる王城の姿を目に収められるようにとの思惑の元に立地を選び建造された結果で、それが忌避であれ羨望であれ、堂々たるアルダリアの王宮は多様な想念の入り混じった眼差しに日々晒され続けていた。

ヴェルスタッドの城内には、聖堂にも似た特異な様式を持つ広間があり、人はそこを「剣の間」と呼び、畏敬を伴い神聖な空間として扱っていた。剣の間がそうして特別視される理由は二つある。一つは、王国を象徴とする騎士団「聖円卓」に連なる最上級騎士達が集い、軍議を交わす国家においても重要な場であること。もう一つは、王国に忠を誓う若き武芸者たちにとって極めて重大な意味合いを持つ「宣誓の儀」が執り行われる場であるということだ。

通常、アルダリア王国において騎士階級を志願する者は、アルダリア軍の兵士として入隊を果たし、そこで一兵卒として経験を積み、特に優れた武勇を誇る者たちや、あるいは貴族階級の子息などが特権(コネクション)により騎士候補生、所謂ところの従騎士として高名な騎士の元へ預けられ、過酷な鍛錬に身を費やし、この宣誓の儀を経ることで正式に騎士となり上級士官の待遇を受けることとなっている。その中でも、「魄創術識」において特に優れた素養を持つ者は聖円卓直下の「聖騎士(パラディン)」として高位の役柄につくことも出来た。

また、それ以外にも極めて希な例ではあるが、騎士階級にある者が直接的に成人を済ませていない子供を自らの小姓として引き立て、従騎士へと導き、やがては宣誓の儀を以て正式に騎士としての叙任を受けるまでの面倒を見ることもある。

以上は、アルダリアにおいて騎士を目指す者ならば誰もが知っている周知の事実だ。それでは、王国において最上位に位置し、最も誉れ高く最強と評される騎士団、聖円卓には如何なる手段を経ることで加入を果たすことが出来るのか――それには、努力と才能だけではない、ある特殊な条件を満たすことが必要となっていた。

聖円卓に属する騎士たちは、それぞれ「神器(マスターピース)」と呼ばれる十二の武具を与えられる。これは遥か昔、古のアルダリア王国を強大な「闇」が襲った際に、王都ヴェルスタッドの間近に広がる湖より現れた、七人の乙女たちから譲り渡された特別な加護を受けし精霊の武器、そのものであるという。

無論真偽は定かではないが、現に十二の神器は最古の歴史からその存在を示し、王を守護する任を背負った歴代の勇者たちに伝わってきている。

通常の武具との差異点としては、まずミスリルと呼ばれる物質によって全てを構成されていることにあるだろう。

ミスリル――これは神器の材質として現存する以外は存在しない極めて希少な金属であり、羽毛の如き軽さと鋼を上回る強靭さを両立させる鉱石として知られる。次にこれもミスリルに由来する特質だが、魄創術識を行使する際に漏れ出す人の魂の熱波と深く感応し合い、神器を所持する魄創術識者のスペックを――ないし、魄創術の出力を――向上させる力を持つということ。そして最後に、これが最も重大な特記事項であるのだが、神器は、己が担い手を選別する。まるで、それ自身が意思を持っているかのように。

そこへ聖円卓に列する資格が関係した。才能と努力だけでは意味がない。そう、たとえそのどちらを持ち合わせてなどいなくとも、神器に選ばれてさえしまえば、その者は聖円卓への参入を認められる。それだけの絶大な力が神器には存在した。そうして神器の選定を受け、円卓の席位ごとに伝わる騎士としての名前を襲名することで、その者は正式に聖円卓の一員となるのだ。

とは言うものの、もちろん神器の選定を受けるには無数の段階を踏む必要がある。まず、最前提条件として、聖騎士の階位まで到達した者でなければ選定を受ける資格を持てない決まりとなっていた。

それを踏まえ、今日もまた麗らかな晴天の下に剣の間へ響く声がある。厳かに語られるのは国への忠誠と、責任を問う口上であり、それ自体は宣誓の儀における形式の一つだ。しかし、講堂内の様相は明らかに尋常のものとは違っていた。まず、規模が違う。通常ならば多くの騎士や参列兵たちがいるはずだが、今この場には僅か数十人ほどの騎士たちしか存在しなかった。一部は聖騎士の中でもかなりの役職にある者たちだったが、その中でもどこか異質な空気を放つ十二人の騎士がいる。

彼らはただの騎士ではない。そう――彼らこそが王国最強の騎士団、聖円卓の騎士なのであり、加えて言えば彼らがこうして一同に会するというのは些か異常な事態でもあった。何故ならば、通常の宣誓の儀において聖円卓からの出席者は最低でも二人か三人程度で、全員が出席するのは極めて希なことであるのだ。

主立って儀の進行を勤めているのは、蒼き甲冑を纏った壮年の騎士――彼こそは、聖円卓第一席。円卓を束ねる筆頭騎士たる男、ウーゼル・“アルトグレイス”・フェルマータ。その彼から直接洗礼を受けるのは、ウーゼルと似た白銀の鎧を身につけた青年。名を、アーサー・フェルマータと言った。

常であれば、宣誓の儀は予め日程を組み、同時に数十人規模の叙任者へ対し行われるものだったが、本日の儀式は彼一人のためだけに設定されたものだ。それはもちろん、アーサーという青年が正しく騎士の階位を授かるためのものであるが、別にもう一つ大きな意味も込められており、それは聖円卓の第一席たる剣聖に代々授けられる神器――刃無き剣のカレトヴルフによる選定を受ける儀式でもあったのだ。

円卓の騎士が存命中に、事前に次代を決定するための選定を行うこと自体はままあることだ。しかし、聖騎士はおろか一介の騎士ですらなかった彼が、騎士叙任式と選定の儀式へ同時に臨むという行為は、アルダリアの長い歴史から見ても数少ない極めて異例な執り行いでもある。あるのだが――彼、アーサーからすれば、こうなるべくして育ち、立つべくしてこの場に立った。ただそれだけのことで、その事実を彼自身は元より、この場に立つ誰も彼もが同様に理解していた。

王城の騎士たちの合間で、アーサー・フェルマータという名前は広く知られている。それは、現在聖円卓第一席たるウーゼルの養子であるという身の上も由来していたが、最たる理由がもう一つ――曰く、アーサー・フェルマータは聖剣・カレトヴルフの寵愛を受けし者だという話が、まことしやかに囁かれているためだろう。そしてそれは、殊更取り上げる必要もなく真実だった。

アーサーは、今より十年も前、ただの童でしかなかった時、既に神器の選定を受けていた。故にこの儀は形式上のものに過ぎず、彼にとっても、至るべくして至っただけの、昔日から定められていた運命に違いなかった。
 

「……――汝、アーサー・フェルマータへ問う。我らが王と、青き湖の乙女に誓い、常に気高く礼と忠を    尽くし、然るべき責務を抱き、民草を守る盾と、主に仇なす敵を討つ剣となりて、此処に円卓の上席へ 座することを承諾するか」


「然り。我が主と青き湖の乙女へ誓う。我が肉体は国を守る盾となり、我が魂は大いなる闇を照らす炎と化す。この血肉をすべからく尊き王と、愛すべき民、そして掛け替えのない同胞たちのために捧げ、円卓の上席を担うことを諾了する」


「ならば、誓え。汝は祖国を守護せし円卓の騎士――」


「――誓おう、祖国よ。我は汝を守護せし円卓の剣なり」

鋭き刃の感触が、アーサーの右と左の肩を一度ずつ跳ねる。それからウーゼルが一歩退くと、アーサーは目を見開き、即座に立ち上がった。

「アーサー。わかっているな、第一席――その座が、一体何を意味しているのかを」
「無論、承知の上です」
「ならば、よし」

頷くと、ウーゼルはアーサーの肩を打ち据えた剣を持ち直し、彼に向けて差し出した。

アーサーは恭しく剣を受け取り佩剣すると、目の前に立つ聖円卓最強たる男の瞳をひたと見据えた。その双眸に込められている期待と、そして父性を感じさせる穏やかな色めきは、普段の彼ならば決して見せることのないものだ。

「――育つものだな。あの痩せさらばえた子供が」

そう言って、ウーゼルはほんの僅かに、その鷹のように鋭い瞳を細めた。彼なりの微笑だろう、長く付き合いのあるアーサーにはすぐにわかった。

「サー・アルトグレイス。全て貴方のお陰ですよ」


「いいや、全て、お前が自ら成したこと。そしてこれで済んだとも思わぬことだ。苛烈を極めるのは此処からだぞ。アルトグレイスという名が担う責務は、国を背負うも同じだということを胸に留めておけ」


「ええ、重々承知しておりますとも。僕は、“そうなるべくして”貴方に育てられたのですから、覚悟も当然出来ております」
「フ――そうだろうな、アーサー。お前を初めて見つけた日のことを、私は今まで忘れたことがない」

聞きながら、アーサーの脳裏に浮かぶ情景があった。長い月日を経た今でも、鮮明に覚えている。アーサー・フェルマータという名前を与えられる以前の、誰でもなかった自分に差し伸べられた、大きい掌、勇壮たる目の前の英雄の姿を。

「――では、選別の儀礼を始めよう。アーサー・フェルマータ、前へ」

そう言って、ウーゼルは脇へと退いた。アーサーの正面には今回の儀式のために拵えられた祭壇があり、その上には柄頭から鍔にかけての部位しかない刃無き奇妙な剣が寝かされている。あれこそが、カレトヴルフ――聖剣の異名を持つ、聖円卓第一席に伝わる伝説の神器の一つだ。

アーサーはあくまで毅然とした態度を保ち、祭壇の前へと立った。横目にウーゼルを見れば、彼もまた信じるようにこちらを見詰め、浅く頷いていた。

そう、何もかもあの時から決まっている。アーサーは選ばれるべくして第一席に選ばれる。故に、覚悟も決意も、遥か昔から既に出来ていた。

アーサーがカレトヴルフを手に取り、天へと掲げる。そしてそれが当然のように――聖剣は眩き光を放ち、次の瞬間には青き刀身が現れていた。聖堂内に感嘆の声が上がる。

「――諸君。今は祝おう、新たな騎士の。次代のアルトグレイスの誕生を」

広間に鳴り響く拍手と喝采。それらは全て遠い世界から聞こえてくる音のようで、アーサーは、ただ吸い込まれるようにカレトヴルフから現出した青き光を見続けていた。

アーサーがもう一度ウーゼルを振り向く。彼はやはり、アーサーにしか分からぬような曖昧な笑みを浮かべていたが、それでも惜しみない称賛を以てアーサーを祝福してくれていることが彼には十分に伝わっていた。

――僕は、ついに、この人に報いることが出来たのだろうか。

胸中に去来するのは幼き日の光景。あの日誓った言葉を、一語一句覚えている。彼を裏切らないと誓った。彼の期待に応えると誓った。あの日の全ては、今日この日のためにあったと言っても過言ではない。

ここに誓約は果たされる。アーサー・フェルマータは自らの心の赴くままに、国のため人々のために剣を手に困難へと立ち向かうことだろう。時を同じくして東の大陸に生きている、同じように揺るぎなき信念を掲げて生きる白銀の正義のように。

――今日は星歴3017年、三月一日。

現聖円卓第一位。ウーゼル・“アルトグレイス”・フェルマータが戦時中にあった東の帝国の首都へ強襲を仕掛け、命を落とすことになる戦いから一ヶ月も前の出来事であった。

                                         了

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